|
今年3月、若い方は知らないかもしれないが、クレージーキャッツの花形、「無責任男シリーズ」で一世を風靡した俳優・歌手・ジャズマンでもあった植木等氏が惜しまれつつ亡くなられた。わたしはこの無責任シリーズが好きで昔よく見たが、この植木氏のご尊父がまたすごい。わたしと同郷三重の僧侶で、植木徹誠という方であった。師は親鸞聖人の教えに触れ、「これは仏から見た人間平等の教えではないか」と思い、得度して大谷派の僧侶となる。 得度してしばらくして2つの寺が開き、一つは滋賀県の門徒の多い裕福な寺、もう一つは三重県の山奥の貧乏な寺であった。植木徹誠師は「裕福な寺なら何も俺が行く必要はない、お布施も出せないような苦しい生活を送っている人々が、こころ豊かに生きることに努力するのが僧侶の仕事だ。僧侶の仕事は葬式屋の手伝いをすることではない」と言って、迷わず山奥の寺を選び、数年後には、請われて被差別部落寺院の住職となる。 戦時中には、召集令状が来た出征兵士に「君もとうとう集団殺人の片棒を担がされることになったか。中国兵も人間であることを忘れるなよ。君は中国へ行っても相手に当たらないように鉄砲を撃ちなさい。戦争だから向こうからも弾丸が飛んでくる。空鉄砲を撃ったら伏せなさい。」「中国兵を殺すな、君も死ぬな。必ず生きて帰ってきなさい」と教えた。だから検挙また検挙で、いつも伊勢の警察に収容されていた。保守的な三重でこれほど硬い信念で、不殺生戒を命がけで説いた僧侶を他にしらない。 植木等氏はそのこともあって東洋大学に進んでいるが、途中からジャズに心酔し、芸能界、しかも喜劇の道を進みはじめる。しかし徹誠師は「わかっちゃいるけどやめられない」とのフレーズで大ヒットした歌にも親鸞の教えがあると、氏をはげましたそうだ。 三重といえば赤福と鈴鹿サーキットだけではない。徹誠師のことを植木等氏が語った本がある。 記事が評価できたらクリックしてください 人気blogランキングへ |
| << 前記事(2007/10/07) | ブログのトップへ | 後記事(2007/10/11) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/10/07) | ブログのトップへ | 後記事(2007/10/11) >> |